日本陸連は一体何様なのか?
10月23日から三重県伊勢市で開催されるJOCジュニアオリンピック陸上競技大会に,出場資格を得ていた大阪府の中学生と高校1年生,計8人が参加できなくなったそうです。原因は,担当教師によるエントリーのミスでした。
大会への参加申込は,都道府県の陸上競技協会などを通じて行う仕組みになっており,選手自身が申し込むことはできません。今回は,担当教師が締切日を間違えたため,期限内に手続きを済ませられなかったというものです。
大阪の中体連は,選手自身には責任がないとして,日本陸連に救済を求めました。しかし,日本陸連は,申込期間を過ぎたエントリーは認めておらず,今回だけ特別扱いすることは公平性の点でも問題があるとして,救済を拒否したそうです。
確かに,スポーツ競技において公平性は大切です。しかし,今回,直接的な不利益を受けるのは,エントリーを忘れた教師ではなく,出場できなくなった選手たちです。
しかも,中学生や高校1年生にとっては,この大会が一生に一度の貴重な経験になるかもしれません。自分には何の責任もない事務手続き上のミスによって,その機会を奪われてしまう。ワタシには,これが教育的な対応だとは到底思えません。
そもそも,陸上競技の主役は誰なのでしょうか。
言うまでもなく,主役は競技者です。日本陸連は,選手が活躍できる環境を整え,競技の発展を支えるために存在する組織です。つまり,あくまで裏方にすぎません。
ところが,今回の対応を見ていると,自分たちが主役であるかのように振る舞っているように思えてなりません。自分たちの定めたルールを守らせることが最優先で,選手がどれほど不利益を被ろうとも,「ルールですから」「公平性の問題ですから」で片づけてしまう。
一体,何様のつもりなのでしょうか。
選手がいるからこそ,陸連という組織が存在するのです。陸連があるから選手が走れるのではなく,走る選手がいるからこそ,陸連の仕事があるのです。この順序を取り違えてはいけません。
もちろん,締切を過ぎた申込みを何でも認めればよいという話ではありません。しかし,エントリー漏れを防ぐために,未申込の都道府県に注意喚起のメールを送るなど,主催者側にもできることはあるはずです。実際にどのような対策が取られているのかは分かりませんが,そうした努力を尽くしたうえでの判断なのでしょうか。
ルールを守らせること自体が目的になってはいないでしょうか。陸連は役員のために存在するのではありません。競技者のために存在するのです。
ワタシは行政書士として,お客さまの許認可申請などの手続きをお手伝いしています。申請期限等,ルールを守ることは当然ですが,手続きの先には,必ず人がいます。書類の不備や手続きの遅れが,お客さまの仕事や生活に影響することもあります。だからこそ,ミスを防ぐために気を配り,万が一のときにも,何かできることはないかと考えるのが専門家の仕事だと思っています。
手続きを間違えないことは大前提。そのうえで,人を守ることまで考えられるかどうか。そこがプロの違いです。
そもそも,日本陸連とは,一体,誰のために,何のために存在するのか?
ぜひ考えていただきたいものです。

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