大型船の船長でもジェットスキーには乗れないの?
ワタシはかつて東北電力に勤務しており,そのうち6年間を火力発電所で過ごしました。その中で3年間勤務したのが,秋田県の能代火力発電所です。能代火力発電所は1993年に1号機が運転を開始し,現在は1号機から3号機まで,合計180万kWの発電能力を持つ大規模な石炭火力発電所です。
燃料となる石炭は,主にオーストラリアやインドネシアなどから運ばれてきます。そして,その石炭を運んでくるのが,全長300メートル近くにもなる巨大な船です。
このような大きな船を安全に港へ着岸させるには,高度な操船技術と知識が必要です。そのため能代火力発電所では,船会社から大型船の船長経験者を「マリンアドバイザー」として派遣してもらい,大型船の入港や荷役について助言を受けていました。
ワタシは発電所で燃料を担当していたこともあり,この船長さんとは親しくさせていただき,仕事でもプライベートでも大変お世話になりました。
あるとき,その船長さんと「船の免許」の話になりました。
ワタシは自動車の運転免許の感覚で,ふとこんな質問をしてみました。
「船長さんは,あんな大きな外航船を操船できるんですよね。だったら,船長の免許で,当然ジェットスキーにも乗れるんですよね?」
ところが,返ってきた答えは意外なものでした。
「いや,乗れないよ」
「えっ?」
ワタシは本当に驚きました。
300メートル近い巨大船を操船できる人が,ジェットスキーには乗れない。自動車なら大型免許を持っていれば普通自動車も運転できますから,船も同じような仕組みだと思っていたのです。
ところが,船の世界はそう簡単ではありませんでした。
船舶の免許は,通常の船舶と小型船舶と大きく2つに分かれています。
概ね総トン数20トン未満の小型船舶については,小型船舶操縦士の免許で操縦でき,航行できる区域などによって1級,2級に分かれています。そして,ワタシが「ジェットスキー」と呼んでいた水上オートバイを操縦するには,さらに「特殊小型船舶操縦士」という別の免許が必要になります。
つまり,大型船を操船できる資格や通常の小型船舶操縦士免許を持っていても,水上オートバイを自由に操縦できるわけではないのです。
一方,外航船などの大型船舶では,「海技士」という資格制度があります。
海技士には,航海,機関,通信などの区分があり,航海士や機関士など,それぞれが専門の仕事を担当します。さらに,資格には等級があり,船舶の大きさや航行区域などによって,乗り組むことのできる船舶や職務の範囲が定められています。
大型船は,船長一人ですべてを操船するわけではありません。船長を中心に,航海士,機関士などがそれぞれの専門分野を担当し,チームとして巨大な船を動かしています。
そう考えてみると,300メートル近い巨大船を動かす船長が,ジェットスキーに乗れないというのも,なんとなく納得できます。
「大きな船を動かせる人なら,小さな船も当然動かせるだろう」
ワタシは自動車の免許制度から,勝手にそう思い込んでいたわけです。
ところが,免許制度というのは,単純に「大きいものを扱える資格は,小さいものも扱える」という仕組みではありません。それぞれの乗り物の特性や操縦方法,必要となる知識や技術に応じて,別々の資格が設けられているのです。
ちなみに,この話を思い出すたびに,ワタシはちょっと笑ってしまいます。
当時は「船長さんなのにジェットスキーに乗れないの?」と驚いていたワタシですが,今では自分が海事代理士として,船舶関係の法律を扱う立場になりました。
そして,この資格制度を定めている法律が「船舶職員及び小型船舶操縦者法」です。
人生というのは不思議なものです。
東北電力時代には,300メートルの船に積まれてくる石炭を扱っていたワタシが,退職後には,その船に関係する法律を生業としている。
あのとき船長さんに聞いた,
「船長さん,ジェットスキーにも乗れるんですよね?」
という何気ない一言が,まさか数年後の自分の仕事につながるとは,当時のワタシは知る由もありませんでした。
人生,どこで何が役に立つか分からないものですね。

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