「矩を踰えず」――62歳,無理をしないという新しい心得
多くの方は,昨日でお盆休みも終わり,今日から仕事という方が多いのではないでしょうか。
ワタシは,基本的に世間のお休みにはあまり影響されずに働くタイプです。ところが今年は,たまたま仕事の切れ目ができていたこともあり,世間並みに「お盆休み」を取ることにしていました。
ところが,休みに入る前の通常業務に加え,並行して進めていた新しい仕事の拠点づくりなどで,年齢を考えれば少々無理をし過ぎたようです。
結果は,見事に体調を崩して寝込むことになりました。
その悲惨な状況については,先日のブログにも書きましたので詳しくは繰り返しませんが,今回の体調不良の大きな原因の一つが,明らかに「体の酷使」でした。
自宅から新しい拠点まで,荷物や什器などを自分で運びました。
「これくらいなら自分でできるだろう」
そう思って,せっせと運んだわけです。
ところが,その後,指や肩,背中などの関節に一つひとつ激痛が走りました。
正直なところ,「リウマチにでもなったのか?」と思うほどでした。
幸い,日が経つにつれて痛みは治まってきました。そして痛みが引いていくにつれ,「ああ,やっぱり,あれだけ体を酷使したことが原因だったのだ」と実感するようになりました。
それにしても,どれだけ無茶をしていたのでしょう。
今回の荷物の量や移動距離を考えれば,引っ越し業者にお願いしても,おそらく3万円から4万円程度で済んだのではないかと思います。
ワタシが自分で運んだのは,もちろん,その費用を節約するためです。
しかし,今になって考えてみると,ずいぶんと高くついた「節約」でした。
数万円を惜しんで自分の体を酷使し,その結果,何日も寝込んでしまったのですから,これでは本末転倒です。
今回のことで,ワタシは改めて,「お金を出すべきところでは,きちんとお金を出す」ということを考えさせられました。
これまでも,頭では十分に分かっていたつもりです。しかし,頭で分かっていることと,実際に行動できることは別です。若い頃なら,「多少無理をしても何とかなる」で済んだことが,62歳になれば,そうはいかない。
できることと,やるべきこと。自分でできることと,自分でやった方がいいこと。
この二つは,必ずしも同じではないのだと思います。
これからは,「自分でできるから自分でやる」のではなく,「自分でやることが本当に合理的なのか」を一度考えるようにしたいと思います。
まだ喉の痛みなどは少し残っていますが,微熱も下がり,体調はかなり回復してきました。明日からは,いよいよ「戦闘開始」です。
これまでの仕事に加えて,新しい拠点づくり,そして初めて取り組む業務など,まだまだ新しい挑戦が続きます。
「大変だな」という気持ちはもちろんあります。
それでも,62歳になったワタシに,これだけ新しい挑戦の機会が巡ってきたことは,本当にありがたく,幸せなことだと思っています。だからこそ,これからは体に気をつけながら,一つひとつ進んでいきたいと思います。
論語に,
「七十にして心の欲する所に従えども,矩を踰えず」
という言葉があります。
「矩を踰えず」とは,心のままに行動しても,人として守るべき道を踏み外さないという意味です。ワタシはまだ70歳には少し早いですが,これからの人生では,この「矩を踰えず」を心がけたいと思います。
仕事も人生も,無理をして倒れてしまっては続きません。
そして今回,ワタシは身をもって学びました。
62歳になったら,若い頃のように「気合い」だけで動いてはいけない。
これからは,できること,できないことを見極めながら,自分にとってのベストを選択してゆきたいと思います。
いつまでも「力任せ」ではいけないのです。

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