「そのうち」は必ずやってくるとは限らない
久しぶりに知人と再会したとき,別れ際に「そのうち飲みましょう」「今度ゆっくり話しましょう」と言葉を交わすことはないでしょうか。
この「そのうち」という言葉は,とても便利です。
相手との関係がそれほど深くなくても,会話を気持ちよく終えることができますし,その場の雰囲気も壊しません。社交辞令としては実に使い勝手の良い言葉です。
しかし,ワタシは歳を重ねるにつれ,「そのうち」という言葉に少し複雑な思いを抱くようになりました。
実際のところ,「そのうち飲もう」と約束して,本当に飲みに行ったことはどれくらいあるでしょうか。
同窓会で久しぶりに再会した友人,街で偶然会った知人,昔お世話になった先輩や後輩。別れ際には「また今度」と言いながら,その後一度も会わないまま年月が過ぎてしまうことは珍しくありません。
ワタシ自身も同じです。
「そのうち食事でもしましょう」と言葉を交わしたものの,実現しなかった約束は数え切れないほどあります。
そして,中には永遠に実現できなくなってしまった「そのうち」もあります。
30代の頃の話です。
当時のワタシは忙しい本店勤務で,毎日のように夜遅くまで働いていました。ある日の夜10時頃,ジュースを買いに社内の自動販売機へ向かったところ,同期入社で高校の後輩でもある友人にばったり会いました。
お互い疲れた顔をしながら,
「お互い大変だな」
「体だけは大事にしようぜ」
「落ち着いたら同期で飲もうや」
そんな言葉を交わして別れました。
ところが,その約束が果たされることはありませんでした。
彼はその数日後,急性心不全で突然亡くなってしまったのです。
原因について詳しいことは分かりません。しかし,当時の彼もワタシと同じように連日遅くまで働いていました。仕事との因果関係は分かりませんが,若かったワタシには大きな衝撃でした。
ついさっきまで普通に話していた人が,突然いなくなってしまう。そんなことが本当にあるのだと初めて思い知らされました。
そして同時に,「そのうち」は当たり前に訪れる未来ではないということも知りました。
あの日の約束は,永遠に果たされることはありません。
それから30年近くが経ちました。
60歳を過ぎた今では,同級生や先輩,後輩の訃報に接することも少しずつ増えてきました。
人生には誰にでも必ず「終わり」があります。
それは誰にでも平等に訪れますが,その日がいつなのかは誰にも分かりません。だからワタシは,人との出会いを以前よりも大切にするようになりました。
会いたい人がいるなら会う。
やりたいことがあるなら始める。
伝えたいことがあるなら伝える。
「そのうち」に任せるのではなく,できるだけ具体的な予定にして実行する。
そんなことを意識するようになりました。
一方で,自分にとって本当に大切な人や時間を優先するために,不必要な付き合いや無理な人間関係からは距離を置くようにもなりました。限られた人生の時間だからこそ,大切に使いたいと思うからです。
そして,この考え方は行政書士の仕事にも通じるところがあります。
相続や遺言のご相談を受けていると,
「そのうち遺言を書こうと思っている」
「そのうち家族と相続の話をしようと思っている」
といったお話を耳にすることがあります。
しかし,人生において「そのうち」は必ずしもやって来るとは限りません。だからこそ,伝えたい思いがあるなら元気なうちに伝える。残したい意思があるなら元気なうちに形にする。それが大切なのだと思います。
あの日,「落ち着いたら同期で飲もうや」と言って別れた友人との約束は果たせませんでした。
だからこそワタシは,お客様にも自分自身にもこう言い聞かせています。
誰にとっても「そのうち」ではなく,「今」が一番若い日なのです。

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