同じ言葉でも,同じ意味とは限らない
あたりまえの話ですが,我々は普段,日本語でコミュニケーションを取っています。同じ言葉を使い,同じ辞書を引けば概ね同じ意味が書かれています。しかし,その言葉に込める思いや程度,定義は人それぞれで,驚くほど異なることが少なくありません。
例えば「頑張る」という言葉です。
ある人にとっての「頑張る」は,全身全霊を傾けて目標達成のために努力することかもしれません。一方で,別の人にとっては「自分なりに少し努力した」という程度かもしれません。どちらも本人は胸を張って「頑張りました」と言いますが,その中身には大きな差があります。
料理のレシピにある「水1カップ」であれば,誰が計量してもほぼ同じ量になります。しかし,人間が発する言葉はそうはいきません。同じ単語を使っていても,そこに込められた基準や認識は人によって異なるのです。
ワタシは現役時代,このことを痛感させられた苦い経験があります。
当時,ワタシは発電所に勤務していました。ある業務を外部事業者に委託する際,通常とは異なる運転操作が必要な作業がありました。
そこでワタシは,受託事業者の担当者を実際の設備の前まで連れて行き,「通常はこちらの操作を行うが,今回はこちらではなく,別の操作を行ってください」と具体的に説明しました。現場で設備を指差しながら確認し,相手も理解した様子でしたので,ワタシは安心して業務を委託しました。
ところが休日に携帯電話が鳴りました。
電話の相手は発電所の当直担当者です。ワタシが委託した業務で,本来とは逆の操作が行われ,設備トラブルが発生しているという連絡でした。
幸い発見が早く,大事には至りませんでした。しかしワタシは休日にもかかわらず発電所へ呼び出され,当直担当者から厳しい指摘を受けました。当直担当者の困惑や怒りはもっともな話です。ワタシはただひたすら謝るしかありませんでした。
翌日,受託事業者の担当者を呼び,なぜ指示と異なる操作を行ったのか確認しました。すると担当者は悪びれる様子もなく,
「このくらいなら大丈夫だと思った」
と答えたのです。
ワタシは大変驚きました。
ワタシにとっては「指定したとおりに操作する」は絶対条件でした。しかし相手にとっては,「多少違っても問題なければ構わない」という認識だったのです。
今振り返ると,ワタシは「説明したのだから伝わっているはずだ」と思い込んでいました。しかし実際には,相手がどのような仕事観を持ち,どの程度まで指示を厳格に守る人物なのかを十分に見極めていなかったのです。
言葉は伝えたつもりでも,相手が同じ意味で受け取るとは限りません。
「頑張ります」
「誠意を持って対応します」
「適切に処理します」
どれも立派な言葉ですが,人によって解釈は異なります。だからこそ仕事を依頼するときは,相手の経験や考え方を踏まえながら,誤解の余地がないよう具体的に伝える必要があります。場合によっては,「ここまではしてほしい」「ここから先は絶対にしてはいけない」と,さらに細かく説明しなければなりません。
これは行政書士の仕事でも全く同じです。
契約書や合意書は,まさに「言葉」で権利義務を定めるものです。曖昧な表現が残っていると,「そんなつもりではなかった」「そういう意味だとは思わなかった」という争いの原因になります。
だからこそ行政書士は,できる限り解釈の余地を減らし,誰が読んでも同じ意味になる文章を作成しなければなりません。
そしてワタシ自身も,「頑張ります」「誠意を持って対応します」と口にするときは,その言葉に恥じない行動を取らなければならないと思っています。
言葉は便利な道具ですが,万能ではありません。
「言ったから伝わった」は危険な思い込みです。
大切なのは,相手がどう受け取るかまで考えることです。
行政書士の仕事もまた,言葉を並べる仕事ではなく,「誤解を防ぐために言葉を磨く仕事」なのだと感じています。
契約書や遺言書は,後から当事者に確認することができない場面も少なくありません。だからこそ,「これくらい分かるだろう」ではなく,「誰が読んでも同じ意味に読めるか」を意識して文書を作る必要があります。
ワタシが行政書士として書類作成に携わるとき,発電所で経験したあの日の失敗を時々思い出します。

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