のど自慢から思い出した,原子力の仕事
この間の日曜日の昼,テレビでのど自慢を見ていたら,会場は岡山県津山市でした。
「津山か。懐かしいなあ」
東北に住むワタシにとって,岡山県の山間にある津山市は,普段あまり縁のない町です。しかし,鉄道ファンなら,昔ながらの扇形の車庫と転車台が残る町としてご存じかもしれません。また,陸上競技に詳しい方なら,中学生の頃に全国の舞台へ彗星のように登場し,現在はアメリカの大学で競技を続けている中長距離選手,ドルーリー朱瑛里選手の出身地として思い出すかもしれません。
津山市は岡山市,倉敷市に次ぐ岡山県第3の都市で,「肉のまち」としても知られています。畜産や和牛の文化が根付いており,名物のホルモンうどんなど,牛肉を使った料理も有名です。
ワタシが津山を訪れたのは,今から7年ほど前のことです。
当時ワタシは東北電力の燃料部で,ウラン燃料,いわゆる原子燃料を担当していました。その関係で,岡山県へ出張する機会がありました。岡山県と鳥取県の県境にある人形峠は,日本でウランが採掘された数少ない場所の一つです。
かつてここではウランの探鉱,採鉱,製錬,転換,濃縮に至るまで,国内で一貫した技術開発が行われていました。現在は,日本原子力研究開発機構の人形峠環境技術センターがあり,ウラン関連施設の廃止措置や解体,除染などに関する技術開発が行われています。
そこで開催された会議に出席するため,ワタシは仙台からはるばる岡山へ向かいました。原子力に携わるものとして「人形峠」に行けることをとても嬉しく思ったのを,今でも思い出します。
会議は翌日だったので,前日に津山へ入りました。
実はワタシは昔,鉄道ファンでもありました。津山には有名な扇形の車庫と転車台があります。「これはぜひ見てみたい」と思っていたのですが,仕事の都合で見学する時間はありません。
「せっかく津山まで来たのに……。」
少々残念ではありましたが,せめてもと夕食に名物のホルモンうどんを食べました。これはこれで大満足でした。
そんなことを,日曜日の「のど自慢」を見ながら懐かしく思い出したのです。
東北電力時代,ワタシはいろいろな仕事を経験しました。その中でも,原子力という日本のエネルギー政策の根幹に関わる仕事に,原子燃料担当という立場から,ほんのわずかでも携わることができたことを,今でも誇りに思っています。
東日本大震災以降,原子力発電を取り巻く環境は大きく変わりました。安全性について慎重に考えなければならないことは言うまでもありませんし,事故が起きた場合の影響が極めて大きいことも,ワタシは身をもって理解しています。
それでもワタシは,原子力発電を必要と考える立場です。特にこれからは,AIの普及やデータセンターの増加などによって,電力需要が大きく伸びることが予想されています。電気は,必要なときに必要な量を安定して供給できなければ,社会そのものが成り立ちません。
再生可能エネルギーを普及拡大することも大切です。しかし,天候などによって発電量が変動する電源だけですべてを賄うことは簡単ではありません。
だからこそ,安全性を最優先にしながら,原子力発電をエネルギー供給の重要な柱として活用していくべきだとワタシは考えています。
決して「原子力があれば何でも大丈夫」と思っているわけではありません。
むしろ,長年エネルギーの仕事に携わってきたからこそ,エネルギー問題は単純な好き嫌いでは語れないと思っています。
安定した電力があってこそ,企業も家庭も,そしてワタシたちの暮らしも成り立っています。
そんなことを考えながら「のど自慢」を見ていたら,津山の思い出から,いつの間にか原子力発電の話になっていました。
今となっては懐かしい,サラリーマン時代のお話しです。

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