5月22日に思うこと ― 飲酒運転を絶対に許さないという誓い
今日,5月22日は「宮城県飲酒運転根絶の日」です。
この日は,平成17年5月22日に,多賀城市の国道45号線で発生した悲惨な飲酒運転事故を忘れないために定められました。学校行事の最中だった 仙台育英学園高等学校 の生徒3名が命を奪われたあの事故は,20年以上が経った今でも,ワタシの心に深い悲しみと怒りを残しています。
あの日の報道を見た時の衝撃を,ワタシは今でもはっきり覚えています。未来ある若者たちの命が,身勝手な愚か者の行為により,一瞬にして奪われた。その原因が,「酒を飲んで車を運転する」という,本来なら絶対に避けられるはずの行為だったことに,大きな憤りを感じました。
ワタシは,飲酒運転を心の底から憎んでいます。
飲酒運転は,単なる「うっかり」や「判断ミス」ではありません。酒を飲めば判断力が鈍ることなど,誰でも分かっていることです。それにもかかわらずハンドルを握るということは,「事故を起こすかもしれない」「誰かを傷つけるかもしれない」という危険を理解した上で運転しているということです。
だからワタシは,飲酒運転は「未必の故意」による殺人,傷害行為に近いものだと思っています。
近年は,法律も厳しくなりました。飲酒運転に対する刑事罰は重くなり,免許取消しや高額な罰金,場合によっては実刑判決も下されるようになっています。また,運転者本人だけでなく,同乗者や酒を提供した側にも責任が問われる時代になりました。
それでもなお,飲酒運転はゼロになりません。
もちろん,大多数のドライバーは,「飲んだら乗らない」という当たり前のルールを守っています。しかし残念ながら,世の中には,「少しくらいなら大丈夫」「自分だけは事故を起こさない」と考える人が,一定数存在します。どれだけ厳罰化しても,どれだけ悲惨な事故が報道されても,その声が届かない人がいるのも現実です。
そのような現実を前にすると,「自分に何ができるのか」と考えさせられます。
ですが,できることは案外シンプルなのかもしれません。
まず,自分自身が絶対に飲酒運転をしないこと。そして,周囲にも「飲んだら乗るな」を言い続けること。さらに,飲酒運転を「仕方ないこと」や「軽い違反」として絶対に許さない空気を,社会全体で作り続けることだと思います。
行政書士という仕事は,法律や手続きを扱う仕事です。しかし,法律というものは,単に書類を作るためだけに存在するものではありません。悲しい事故や犠牲の上に,「二度と同じことを繰り返さない」という社会の意思として作られているものだと,ワタシは思っています。
5月22日を迎えるたびに,ワタシは改めて心に誓います。
「飲んだら乗らない」
その当たり前を,当たり前として守り続けることこそが,社会のルールを支える第一歩なのだと。

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