世界基準に身を置くということ ― ピッチクロックとカラー柔道着に思うこと
今年はスポーツイベントが続きます。2月のミラノ-コルティナ五輪では日本選手の活躍に感動し,3月のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)でも大いに楽しませていただきました。そして6月には,アメリカ大陸でワールドカップサッカーが開幕します。実に盛りだくさんで楽しい一年ですが,「体が持たないな」と感じるほどです。それでも,6月の開幕が今から楽しみでなりません。
そのWBC,日本代表は決勝トーナメント1回戦で敗退し,やや悔しさの残る結果となりました。また,地上波放送がなかったこともあり,盛り上がりに欠ける印象も否めませんでした。
地上波テレビは,国から電波の独占使用を認められている公共的なインフラです。WBCのような「国民的イベント」とも言える大会については,ある程度の政策的関与があってもよいのではないかと感じた次第です。
今回の敗因として指摘されているのが「ピッチクロックへの不適応」です。投手は限られた時間内で投球を求められ,これまで重視してきた間合いやルーティンが制限されました。その結果,球質やコントロールに影響が出た可能性があるとされています。打者も同様にリズムを崩され,本来の力を発揮しにくかったとの指摘があります。
ワタシは,この点について「世界で戦う以上,国際ルールに適応する環境が必要だ」と感じています。日本独自の「間」は魅力ではありますが,世界で戦うためには,世界基準に身を置くことが不可欠です。
この話から思い出すのが,柔道におけるカラー柔道着の導入です。白い柔道着は,本来「清潔さ」や「純粋さ」といった精神性を象徴するものでした。しかし,国際大会では判別のしやすさなどを理由に青い柔道着が採用され,現在では世界標準となっています。日本は当初これに抵抗しましたが,最終的には受け入れざるを得ませんでした。
それでも国内では白同士で戦うケースが多く,伝統を重んじる姿勢が残っています。こうした内向きの価値観が,国際競争の中で不利に働く場面もあるのではないかと考えさせられます。柔道の競技人口では,日本は世界一ではなく,フランスの方が一国での競技人口は多いと言われています。また,相対的に海外の国の発言力は強くなり日本だけの論理では立ち行かない時代となっています。
ピッチクロックもカラー柔道着も,本質は同じです。すなわち,「世界基準に自らを適応できるか」という問題です。伝統を守ることと,変化に適応することのバランスが問われています。
このことは,行政書士の仕事にも通じます。近年は国際化の進展により,外国人関連業務など,グローバルな視点が求められる場面が増えています。従来のやり方に固執するのではなく,変化に応じて自らを更新していく姿勢が必要です。
忙しい日々の中でも,こうした楽しみを励みにしながら,日々の業務にも丁寧に向き合っていきたいと思います。
