PK戦を見ながら考えた「落ちない競争」の苦しさ
昨日は,開幕したJリーグでのベガルタ仙台の戦いについて書かせていただきました。現在ベガルタ仙台が戦っている「J2・J3百年構想リーグ」のグループリーグでは,試合が90分で決着がつかない場合には「PK戦で勝敗を決める」というルールになっています。
サッカーのPK戦は,通常トーナメント戦でどうしても決着をつけなければならないときに行われるものです。かなりの確率でゴールが決まるため,「いかに外さないか」が問われる勝負です。選手はもちろん,見ている観衆も思わず息をのむような,なかなか過酷な戦いでもあります。
一般にPKの成功率は75〜80%程度と言われています。かなりの確率でゴールは決まるものの,一度外したときのダメージが大きい。だからこそ,独特のプレッシャーが生まれるのでしょう。
そんなPK戦を見ていると,ワタシは昔,職場の上司がつぶやいた言葉を思い出します。
「這い上がる競争」には希望があるが,「落ちない競争」は過酷でつらい。
世の中には,さまざまな競争があります。高校や大学に進学するには入学試験がありますし,会社に入るときには採用試験があります。資格を取得するためにも試験があることが多いです。競争というものは,未来を切り開くためのパスポートのようなものでもあります。
こうした試験の多くは,志願者に対して合格者が圧倒的に少ない「狭き門」です。志願者はその門をこじ開けるために努力を重ね,合格という結果をつかみ取ろうとします。
ワタシのように,新しい仕事に船を漕ぎ出した人間も同じです。経験も実績もない「ゼロ」の状態から新しい仕事を始め,一人前になるために努力することは,まさに狭き門をこじ開ける挑戦に似ています。成功の先に自分の未来が開けると信じて努力する。これはいわば,明るい将来へ向かう登竜門のようなものです。スタートアップ企業が成功を目指して遮二無二努力する姿にも,どこか通じるものがあるように思います。
しかし世の中には,もう一つの競争があります。それが「落ちない競争」です。
典型的なのは,会社の中での出世競争ではないでしょうか。新卒で入社した社員は,最初はほぼ同じ条件でキャリアをスタートさせます。しかし数年もすると,主任,係長,課長補佐,課長といった昇進の過程で少しずつ選別が始まります。
この競争は,「いかに勝ち抜くか」というより,「いかに落とされずに残るか」という競争です。そして多くの場合,最初は大勢が残り,少しずつ人がふるい落とされていきます。その構造はどこか残酷で,ワタシにはサッカーのPK戦のようにも見えるのです。
ある時期までは順調に昇進し,会社の中でも主流にいたはずなのに,気がつけば選考から外れ,気づかぬうちに窓際に追いやられている。これは多くのサラリーマンが経験する「落ちない競争」の一つの結末なのだと思います。
ワタシのサラリーマン人生は,振り返れば楽しく充実したものでした。しかし,振り返ると、どこかでレースから自然に降りたのだと思います。
それでも人生は続きます。会社で敗れたからといって,人生まで敗れる必要はありません。そのためには,どこかで人生の仕切り直しを考えることも大切なのだと思います。
会社がすべてだった生活から,家族や日々の暮らしに価値を見いだす生き方に変わる人もいますし,新しいキャリアに挑戦する人もいます。どちらも立派な選択です。
ワタシの場合は,単身赴任で生まれた自由な時間がきっかけでした。それまで考えもしなかった世界に足を踏み入れ,行政書士という新しいキャリアをスタートさせることになりました。
セカンドキャリアとして始めた行政書士事務所は,いわば「吹けば飛ぶ」ような小さな会社のようなものです。それでも,自分なりに目指す「あるべき姿」に向けて,一歩ずつ歩みを進めています。
落ちない競争は,確かに過酷です。しかし,そこから落ちたとしても,人生まで終わるわけではありません。むしろ,新しい道が開けることだってあるのです。
そんなことを,今日スタジアムでベガルタ仙台のPK戦を見ながら考えていました。
PK戦では,誰かが外すから勝負が決まります。けれど,人生はPK戦とは違います。一度外したからといって,そこで終わりではありません。
外したら,また蹴ればいい。
人生という試合は,思っているより長いのです。
――そうだよね,とスタジアムの帰り道でワタシは一人うなずいていました。

コメントを残す