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「棚ぼた」と新人議員を報じるマスコミに,制度の専門家が感じる違和感

※本稿は,今回の総選挙後のマスコミ報道からワタシが抱いた違和感を記した個人の感想です。いずれかの特定の政党や候補者への支持・不支持を表明するものではありません。

高市総裁が率いる自由民主党が圧勝した今回の総選挙では,比例代表名簿のかなり下位にいた候補まで当選するという,関係者にとっても想定外の結果が生まれました。するとその副産物として,「一度もマイクを握らずに当選した」「選挙活動ゼロのまま国会議員になった」といったラベルが躍り,新人議員個人を侮辱し,面白おかしく切り取る報道が目立つようになりました。

とりわけ,「51歳・比例当選・高市チルドレン」といった属性で紹介される新人については,本来は党本部や県連が決めた比例順位と,選挙制度そのものの仕組みが生んだ結果であるにもかかわらず,「棚ぼた当選」「選挙制度の欠陥の象徴」といった言葉とともに,当人の人間性や資質まで含めて矢面に立たされているのが実情です。制度設計と名簿管理の問題を問うべきところで,最も声の小さい個人だけをつるし上げているように,ワタシには見えます。

また,25歳の最年少当選議員や,20代後半の若手議員についても,「秘技エア電話」「演技が下手すぎる」といった冷笑的なフレーズが踊り,緊張で言葉に詰まる姿や,取材対応のぎこちなさが,あたかも「議員としての資格がない証拠」であるかのように誇張されています。本来であれば,若さゆえの不慣れさや,これから鍛えられていくべき部分として穏やかに受け止めることもできるはずです。それにもかかわらず,「高市人気の副産物」「ただのチルドレン」といった言葉で一括りにし,消費してしまう構図が,そこにはあります。

ワタシがこうした報道に強い違和感を覚えるのは,第一に,これらの候補を当選させたのは,ほかならぬ民意である,という単純な事実が軽んじられているからです。彼ら・彼女らは法律に則り立候補の手続きを行い,公示期間を経て投票が行われ,その結果として当選したにすぎません。問題があるとすれば,それは小選挙区比例代表並立制という選挙制度そのもの,あるいは各党がどのような基準で比例名簿を作成しているのか,という仕組みの側にあります。

制度と手続を扱う仕事をしている立場からすると,こうした制度上の問題を,当選した個人の資質の問題にすり替えてしまう論調には,どうしても違和感を覚えます。

そして,ワタシは,国会議員は国民の広い民意を反映する存在である以上,世代構成の面でも,多様性が確保されることが望ましいと考えています。高齢のベテラン議員だけでなく,20代の若い議員が一定数いることによって,教育や就労,子育て,デジタル環境など,若い世代が直面している課題が,より実感を伴って政治に持ち込まれるはずです。経験不足を理由に若手を門前払いするのではなく,むしろその「未完成さ」をどう支え,育てていくかこそ,成熟した民主主義が向き合うべきテーマだと思います。

ところが,現実の報道は,そこに光を当てる代わりに,話題にしやすく,立場の弱い新人個人に責任を押しつけてしまう意図が,行間から透けて見えます。民意により,制度と組織が選んだ結果としての当選であるにもかかわらず,民意を否定し「国会議員としてふさわしくない」といった人格査定に終始する報じ方は,やはり批判の矛先を取り違えていると言わざるをえません。

その背景には,「自分たちが期待した方向とは異なる選挙結果」に対する,オールドメディア側の苛立ちのようなものすら感じます。望んだ筋書きから外れた民意が示されると,結果そのものを正面から受け止めるより先に,「こんな議員が当選してしまう選挙」「こんな若者を選ぶ有権者」という物語に回収しようとする。現実を直視するより,自分たちの物差しで結果をねじ曲げて語ろうとする――そんなオールドメディアの矜持の歪みのようなものがにじみ出ているように,ワタシには感じられます。

ワタシには,そうした振る舞いこそが,オールドメディアが長年引きずってきた“古い癖”の現れに思えてなりません。自分たちの想定外の民意が表れたとき,まず制度と構造を問い直すのか,それとも若手と新人を笑いものにして安心するのか。その選択の仕方に,メディアの老いと限界が,実に滑稽なかたちで露呈しているように感じるのです。

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