出張先で思い出した,アラフォー時代の青春
今日,ワタシはお客さまからご依頼いただいた手続きを行うため,福島市に行ってきました。
「あいはら行政書士事務所は県外の仕事もするのですか」と驚かれることがありますが,ワタシの場合,宮城県内はもちろん,北は一関市近辺,西は山形市周辺まで,福島県は他にも相馬市や南相馬市のお仕事についてもフットワーク軽く対応しております。県をまたぐからと言って,最初から線を引くことはいたしません。
実はワタシにとって福島は,単なる「業務エリア」ではありません。20年以上前,40歳の頃,ワタシは東北電力の福島支店に勤務していました。企画課の係長として,とてもコワイ課長と2人の部下という小さなユニットで,支店長のスタッフとして支店内の幹部会議の運営や中期計画・年度計画の策定,支店長挨拶の素材作成などを担当していました。サッカーでいえばボランチのような役回りです。表には立たないけれど,試合の流れを整え,前にボールを出す仕事でした。
課長のものすごく厳しい指揮命令のもと,支店全体を見渡しながら仕事を進める毎日には,常にピリピリとした緊張感がありました。しかし同時に,「精一杯,思い切り仕事をしている」という確かな手応えもありました。40歳を過ぎていながら,まるで青春の真っただ中にいるかのような濃密な2年間でした。
当時のワタシは,仙台市から福島まで毎日新幹線で通勤していました。仕事が終われば課長の「おい,今日も勉強会に行くぞ!」という鶴の一声(課長は単身赴任なので夜はヒマなのです)に部下達はいそいそと従い,最終の新幹線で帰る生活です。ときには乗り遅れ,駅近くのホテルに泊まることもありました。公私とも忙しさの極みでしたが,あの時期ほど自分を追い込み,自分を鍛え,でもあんなに楽しかった時間はなかったように思います。
ワタシの自宅から福島市中心部までは約70キロ,車なら1時間半ほどです。通常であれば車で向かうところですが,今日はあえて高速バスを利用しました。仕事を終えたあと,街をゆっくり歩いてみたかったからです。
かつての支店は,なぜか飲食店や飲み屋が立ち並ぶエリアの中にぽつんと建っていました。仕事が終われば「そのまま一杯」,という便利な立地でした。いまは再開発が進み,大通りが整備され,駅前から幹線道路までがすっきりとつながっています。街並みは整理され,昔お世話になったお店のいくつかは姿を消していました。少し寂しさを覚えつつも,歩いていると当時の情景が次々とよみがえります。ほんのわずかな時間の散策でしたが,あの頃の空気が胸の奥から立ち上ってくるようでした。
思わず,昔通った店に吸い込まれそうになりました。しかし今日は帰宅後に仕事が控えています。後ろ髪を引かれる思いで,再びバスに乗り込みました。ありがたいことに,今回の手続きでは今後あと2回は福島を訪れる予定です。そのうち一度は,あの頃の自分に敬意を表する意味も込めて,一人静かに一献傾けたいと思っています。
福島駅へ向かって歩きながら,ふと考えました。もしこの街角で,当時40歳だったワタシとばったり出会ったら,彼は今のワタシに何と言うだろうかと。驚くでしょうか。それとも「ガンバレ」と笑ってくれるでしょうか。
福島支店での勤務を終え,ワタシは再び仙台に戻り,多くの仕事を経験しました。そして思いがけないご縁から,行政書士としてセカンドキャリアを歩んでいます。福島時代には想像もしなかった道ですが,いまワタシは多くの喜びを得ながら,ときに苦労しつつも充実した日々を過ごしています。
あの頃の自分に会えるなら,こう伝えたいと思います。
「これから先,おまえは本当にいろいろな経験をする。充実したビジネスマン生活を送り,やがて20年後の未来で,いまのワタシになる。ただし未来は変えられる。必ずしも今のワタシになる必要はない。自分が納得できる道を走れ。思い切りやれ。」
今日の福島訪問は,仕事でありながら,ほんの20年前にタイムスリップする小さな旅でもありました。ワタシにとっては,少し遅めの青春に再会できた大切な時間を過ごすことができました。

コメントを残す