「さざれ石」が教えてくれる,時間の力
■栄誉礼から思い出した国歌の一節
先日,イタリアのメローニ首相と高市首相による栄誉礼での,凜とした立ち姿についてこのブログで書かせていただきました。両国の国歌が流れ,厳かで美しい式典だったことが,今も強く印象に残っています。
そのとき,ワタシの頭に自然と浮かんだのが,日本国歌「君が代」の一節でした。
今日はその中に登場する「さざれ石」について,少しお話ししてみたいと思います。
■「さざれ石の,巌となりて」
君が代では,
さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで
と歌われます。
一般には,「小さなものが長い年月を経て大きくなり,その上に苔が生えるほど,国が永く続きますように」という願いが込められていると説明されることが多いようです。
ところで,この「さざれ石」とは,具体的にどのような石なのでしょうか。
■かつて聞いた,ある先生の言葉
ワタシが小学生の頃,「君が代は嫌いだ」と公言していた先生がいました。その先生は,
「小さな砂粒が大きな岩になるなんてあり得ない。だから君が代なんて嘘っぱちだ」
と話していたことを,今でも覚えています。
日本国憲法第19条は,「思想及び良心の自由は,これを侵してはならない」と定めています。どのような考えを持つかは,もちろん個人の自由です。ただ,少なくとも「さざれ石」についての科学的な説明としては,この理解は正確ではないと,ワタシは考えています。
■科学的に見た「さざれ石」
科学的にいう「さざれ石」とは,主に石灰岩の小石が,長い年月をかけて自然に固結した岩石のことです。いわば「天然のコンクリート」のようなもので,地質学的には「石灰質角礫岩」と呼ばれる堆積岩の一種です。
「さざれ石(細石)」という言葉自体は,「細かい石」「小石」を意味しますが,地質学的には,多数の小石や砂が炭酸カルシウムによって膠着し,一体化した状態を指します。つまり,君が代の歌詞は,あり得ない現象を歌っているのではなく,実際に存在する地質現象を背景にしていると考えることができるのです。
■意外と身近にある「さざれ石」
実は,この「さざれ石」は,意外なほど身近な場所で実物を見ることができます(実は,ここからが,本稿のメインです)。
例えば,東京都千代田区にある文部科学省本庁舎の中庭には,「さざれ石」が展示されており,特別な許可がなくても誰でも見学することができます。
また,全国各地の神社にも安置されており,名古屋市中区の泥江縣神社などがよく知られています。ワタシの地元である仙台市でも,太白区の坪沼八幡神社の境内に,「細石」として紹介されたさざれ石を見ることができます。これは,もともと宮城県東和町産の巨石で,参道脇に設置され,案内板も添えられています。
■知ることで変わる,国歌への向き合い方
国歌の歌詞に登場する「さざれ石」。
君が代を何度も歌ったことのある方でも,その正体については意外と知られていない豆知識ではないでしょうか。
もし機会があれば,実際にさざれ石を見てください。長い時間をかけて形作られた石を前にすると,君が代を歌うときの気持ちが,少し変わるかもしれません。
■行政書士としての教訓
さざれ石が長い年月をかけて固まるように,行政書士としての信頼もまた,日々の小さな積み重ねが『巌』となっていくものだと信じています。時に立ち止まり,気持ちを仕切り直しながら,ワタシもこのさざれ石のように,どっしりとした仕事をしていきたいものです。
※本稿は,「さざれ石」という自然現象と国歌の歌詞に関する一般的な知識を紹介したものです。
内容は筆者個人の見解であり,特定の思想や団体の立場を示すものではありません。

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