始発電車が止まっていても,人は駅へ向かう――行列の先に見えたもの
■「始発電車が止まった」という朝のニュース
昨日,東京で山手線と京浜東北線が始発から運休したというニュースが報じられました。両線は同日中に運転を再開したものの,およそ280本の電車が運休し,約68万人に影響が及んだとされています。
■駅にあふれた人々と,ワタシの小さな違和感
テレビでは,運休の影響で駅構内や駅前に人があふれ,バスやタクシーを待つ長蛇の列ができている様子が繰り返し映し出されていました。「職場に行けなくて困る」「病院に行きたいがタクシーがつかまらず,診察時間に間に合わない」といった,切実な声も紹介されていました。
■情報はあったのに,なぜ人は駅へ向かったのか
このようなトラブルが起きた際に目にする,いわば「いつもの光景」ではありますが,今回の出来事には,ワタシにはどうしても腑に落ちない点がありました。それは,今回の運休が,通勤ラッシュの最中に突然発生したのではなく,「始発から」起きていたという点です。もし,朝のラッシュ時間帯に不意に電車が止まったのであれば,人が駅に滞留し,代替交通機関に行列ができるのは,ある意味で避けられないことでしょう。しかし,今回は違いました。始発から運休しているという情報は,テレビやネットニュースでも早い段階で伝えられていたはずです。それにもかかわらず,なぜこれほど多くの人が駅に殺到し,あの光景が生まれたのでしょうか。
■「とりあえず出社」という日本的企業文化
ワタシ自身であれば,急病など,どうしても外せない事情がない限り,自宅にとどまり,状況を冷静に把握した上で,次の行動を考えたと思います。無理に出社しようとせず,会社や取引先に連絡を入れ,判断を仰ぐという選択肢も十分にあったはずです。
■本当に必要だった人に届かなかった交通手段
しかし,多くの人はそうではなく,「一秒でも早く会社に行かなければならない」という思いに突き動かされ,とにかく駅へ向かったのだと思います。その結果,本来であればバスやタクシーを必要としていた人――例えば,病院に行かなければならない人――が,それらを利用できない状況に追い込まれてしまいました。少し厳しい言い方をすれば,何も考えずに猪突猛進してきた人たちの行動が,他の人の機会を奪ってしまったとも言えるのではないでしょうか。
■流されず,立ち止まって考えるという選択
あの群衆の中で,「その日,何が何でも出社しなければならない」事情を抱えていた人は,実際にはごく一握りだったはずです。多くの人は,自宅待機を選び,関係先に連絡を入れれば,少なくとも「不要不急」の出社は避けられたのではないかとワタシは思います。
ワタシは昔から,そのような状況では早い段階で「今日は出社できません」と伝え,無理をしない選択をするタイプでした。だからこそ,今回の行動の連鎖は,どうしても理解しきれないのです。
以前にも同じ趣旨のことをブログに書いたことがありますが,この背景には,日本企業に根強く残る「とりあえず,そこにいることが大事」という文化があるように思えてなりません。その場にいないと,「こんな大変なときに,なぜ来ないんだ」と評価を下げられるのではないかという不安。這いつくばってでも出社する社員が「頑張っている」と評価される空気。そうした文化が,人々を合理的ではない行動へと駆り立てているのではないでしょうか。
■行列の先で考えた,行政書士としての判断力
こうした光景を目にして,ワタシは改めて,自分自身の仕事のあり方について考えさせられました。
世の中では,電車の運休のように,予定どおりに物事が進まない事態が,ある日突然起こります。そのときに,周囲の動きに流されて右往左往するのではなく,状況を冷静に分析し,次に打つべき手を考えられるかどうかが,本当に問われているのだと思います。
■状況を読む力を,仕事の価値に変えていくために
ワタシは,いかなる状況が発生しても,適切に状況を判断し,そのときどきでお客さまにとって最も良い解決策をお届けできる行政書士でありたいと考えています。
始発から電車が止まっているにもかかわらず,人が駅に殺到した今回の出来事は,「自分の頭で考え,次の打ち手を選ぶこと」の大切さを,皮肉なかたちで教えてくれました。こうした状況に直面したときこそ,一呼吸置き,少しでもお客さまのためになる提案と行動ができる――そんな行政書士を目指し,これからも歩んでいきたいと思います。

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