就職活動の季節に、61歳のワタシが思うこと
3月1日は、2027年に卒業する大学生の就職活動における「広報解禁日」です。企業が学生に向けて採用広報を正式に始める日であり、多くの学生にとって“就職活動のスタートライン”に立つ瞬間でもあります。
ワタシが就職活動をしていた1988年度には、「就職協定」という企業間の取り決めがありました。建前上は9月1日から会社訪問、10月1日から試験解禁とされていましたが、実際にはすでに形骸化しており、夏休み前には進路が決まっている学生も珍しくありませんでした。
当時は、インターンシップもエントリーシートもない時代です。突然、大学の先輩から電話がかかってきて、「ちょっと会おう」と誘われ、食事をしながら話すうちに次の面接が決まる――。そんな、人と人とのつながりが主役の就職活動でした。
何よりも、あの頃は日本全体がバブル景気の熱気に包まれ、おおらかで明るい空気が漂っていました。
その雰囲気を象徴するような“就職伝説”もありました。たとえば、ビール会社の面接で一貫して黙り続けた学生が、「男は黙って〇〇ビール」と言い残して内定を得たという話。真偽のほどはともかく、そんな逸話が語り継がれていたこと自体が、当時の自由な空気を物語っているように思います。
ワタシがエネルギーの仕事を志したのは、小学校2年生のときに体験した第一次オイルショックがきっかけでした。トイレットペーパーが店頭から消えた光景を目の当たりにし、「石油は社会にとって欠かせないものなのだ」と強く感じたのです。それ以来、いつかエネルギーに関わる仕事がしたいと心に決めました。
大学時代、多くの学生が銀行や保険会社などの金融業界を志望するなか、ワタシは石油、商社、電力といったエネルギー分野を志しました。そしてご縁あって、地元・東北電力に入社することができました。会社では火力発電所で使う石油・石炭・LNGを調達する燃料部で20年以上勤務し、まさに夢見た世界で働くことができました。
もちろん、順風満帆ばかりではありません。東日本大震災で電力業界が厳しい批判を受けた時期には、エネルギーに携わる者として深い無力感を覚えたこともありました。それでも今振り返れば、自分の志した道で長く働けたのは、本当に幸せなサラリーマン人生だったと思います。
そしていま、セカンドキャリアとして行政書士の道を歩んでいます。まだ駆け出しではありますが、自分の経験を活かしながら、多くの方々のお役に立てるように日々努力しています。目標があり、挑戦できる日々がある――そのありがたさを、今あらためて感じています。
3月1日から就職活動を始めた大学生の皆さんへ。これから歩む道は、40年近く続く長い道のりです。途中には険しい坂もあれば、立ち止まりたくなる瞬間もあるでしょう。それでも、自分が選んだ道の先には、きっと自分なりの答えが待っているはずです。どうかそのことを信じて、一歩ずつ歩んでいってください。
ワタシ自身もいま、行政書士として新しい道を歩き始めたばかりです。まだ駆け出しではありますが、人々の「困った」に寄り添いながら、少しでも社会のお役に立てるよう努力していきたいと思っています。人生にはいくつになっても、新しいスタートがあるのだと感じています。
