突然の出来事に寄り添うということ――あの日の救急車が教えてくれたこと
今日の夕方,ワタシは用事があり,妻と外出しました。帰宅の途中,信号待ちをしていると,道沿いの歯科医院の駐車場で誰かが倒れているのが目に入りました。気になってすぐに車を降り,駆け寄りました。
そこには高齢の男性がうずくまっていました。目のあたりが紫色に腫れ,血が流れています。おそらく転倒して顔面を強く打ったのだと思いました。ワタシ達のほかに,若いご夫婦と思われる方も車から降りてきて,救助に協力してくださいました。
「大丈夫ですか」と声をかけると,「大丈夫」との返事です。
「立てますか」「歩けますか」と尋ねても,「大丈夫,家はすぐそこだから歩いて帰る」とおっしゃいます。
しかし,実際には立ち上がることも,歩くこともできません。こういうとき,意識のある方はほとんどが「大丈夫」とおっしゃるように思います。けれども,本当に大丈夫とは限りません。むしろ,大丈夫ではないからこそ,その場に倒れているのです。
ご本人は「救急車は不要」と言いましたが,明らかにその状態ではありませんでした。ワタシは迷わず119番をし,救急隊に状況を引き継ぎました。やがて救急車が到着し,隊員の方々が的確に対応してくださり,男性は搬送されていきました。
優しい若いご夫婦とともに,その場でできることを果たせたことに安堵しました。
救急車が走り去るのを見送りながら,ワタシは自分が救急搬送されたときのことを思い出しました。
5年ほど前,単身赴任と仕事のストレスで疲れ果てていた時期がありました。久しぶりに自宅へ戻った休日,晩酌をしていたところ,突然,下腹部に差し込むような強い痛みが走りました。ギリギリとえぐられるような痛みです。しばらく我慢しましたが,まったく治まりません。
ワタシは生まれて初めて,自分のために救急車を呼びました。
救急車に乗るのは初めてではありません。以前,妻がアニサキスによる激痛に襲われ,同乗したことがありました。しかし,自分が搬送される立場になるのは初めてでした。
119番から5分ほどで救急車が到着しました。隊員の方々は落ち着いた口調で症状を確認しながら,「靴と財布,電話など必要なものを持ってください」と言いました。なるほどと思いました。搬送された後,帰宅の足がなくなっては困ります。重篤な場合は別として,その一言に,現場の冷静さと実務の積み重ねを感じました。
ワタシは自力で救急車に乗り込み,ストレッチャーに横になりました。実際に乗ってみて初めて知りましたが,寝台は決してふかふかではありません。思ったより揺れますし,音も大きいです。その振動がお腹の痛みに響き,ズキズキと辛さが増しました。
それでも,隊員の方々は終始穏やかで,「大丈夫ですよ」と声をかけ続けてくださいました。その言葉がどれほど心強かったか,今でも覚えています。
搬送先の病院で診察を受け,痛み止めの注射を打っていただくと,30分ほどで痛みは和らぎました。診断は急性胃腸炎でした。弱っているところにアルコールが追い打ちをかけたのではないかとのことでした。
「一晩泊まってもいいけれど,もう大丈夫ですよ。帰りたければ帰ってもいいですよ」と医師に言われ,ワタシは自宅に戻ることを選びました。靴を履き,タクシーに乗り,無事に帰宅しました。
あのとき,健康であることのありがたみを身にしみて感じました。そして何より,強い痛みと不安の中で,冷静に,優しく寄り添ってくれた救急隊員の存在に深く感謝しました。
人生には,「突然の出来事」が起こります。どうしてよいかわからず,頭が真っ白になることがあります。それは,肉親との突然の別れによる相続の発生かもしれません。思いがけないトラブルや,初めて直面する法的手続かもしれません。
当事者は「大丈夫です」と言いながら,本当はまったく大丈夫ではないこともあります。何から手を付けてよいのかわからず,不安だけが募っていることもあります。
ワタシは,あのときの救急隊員のようにありたいと思います。目の前の状況を冷静に見極め,必要な手当てを判断し,そして何よりも,安心できる言葉をかける存在でありたいのです。
困っている方の「大丈夫」という言葉をそのままにせず,本当に必要な支えを差し出すことができる行政書士でありたい。
あの日の救急車の赤色灯は,ワタシにとって,単なる緊急搬送の記憶ではありません。人に寄り添うとはどういうことかを教えてくれた,人生の大切な光だったのです。

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