タスキがつなぐ「ふるさと」と役割――都道府県対抗駅伝に思うこと
ちょっと前の話になりますが,先週,広島で開催された都道府県対抗男子駅伝で,宮城県チームが初優勝を果たすという,実にうれしい出来事がありました。駅伝好きとして,そして宮城に暮らす一人として,この快挙は胸に深く残るレースとなりました。
都道府県対抗駅伝は,男女で始まった時期が異なります。先に産声を上げたのは女子で,1983年,女子マラソンがオリンピックの正式種目となる前年に,「世界で通用する女子ランナーの育成」を目的としてスタートしました。一方,男子は,当時行われていた「中国駅伝」を発展的に解消する形で,1996年から始まっています。
宮城県は,女子では1995年の第13回大会,そして2024年の第42回大会で優勝を経験していますが,男子はこれまで2020年大会の2位が最高成績でした。今回の優勝は,まさに長年待ち望まれてきた「悲願の初優勝」だったと言えるでしょう。
この大会の大きな特徴は,一般的な実業団駅伝や大学駅伝とは異なり,各世代を育成するという観点から中学生区間,高校生区間が設定されている点にあります。中学生,高校生,大学生,実業団選手が混成で7人のチームを組み,一本のタスキをつないで走ります。さらに戦力の偏りを防ぐため,大学生・実業団選手は,現在の所属ではなく,中学や高校時代を過ごした都道府県から「ふるさと選手」として出場できるという,実に面白いルールが採用されています。
この仕組みによって,特定の都道府県が常に上位を独占することはなく,年ごとに勢力図が大きく変わります。だからこそ,毎年のレース展開が読めず,ワクワクしながらテレビの前に座ることになるのです。
今年の宮城県チームの快挙は,仙台育英学園高校出身の選手たちの活躍が大きかったと思います。1区の高校生区間を走った鈴木大翔選手は,昨年12月の全国高校駅伝で「花の1区」を任され,日本人トップの成績を収めた選手ですが,今回も堂々たる走りで区間賞を獲得し,宮城を上位に押し上げました。序盤は福島県が食らいつき,「都大路の再来」を思わせる熱い展開となります。
中盤にかけては,宮城,福島,群馬の三つ巴の争いとなりましたが,要所を締めたのが,やはり仙台育英出身の主力選手たちでした。終盤,タスキが前へ前へと運ばれていく様子を見ながら,これは本当にあるかもしれない,とテレビの前で身を乗り出していました。
高校野球がこれほどまでに盛り上がるのは,都道府県対抗という形式だからだ,とよく言われます。日本人には「おらがチーム」を応援する気質があり,それが地域への誇りや一体感につながるのでしょう。Jリーグがホームタウン制を採用しているのも,同じ理由によります。我がベガルタ仙台のホームスタジアムの熱気を思い浮かべれば,その効果はてきめんです。
今回の駅伝でも,ワタシは自然とテレビの前で声を上げて応援していました。都大路の雪辱を果たした仙台育英の3選手,憧れの先輩とタスキをつないだ二人の中学生選手,仙台育英では活躍しながら,進学した中央大学では一度も箱根駅伝を走ることができなかった山平怜生選手。それぞれが異なる思いを胸に走った広島のコースで,最後に宮城のタスキがトップでゴールに飛び込んだ瞬間,ただただ「優勝して本当に良かった」と感じました。
このレースを見ながら,ワタシは行政書士の仕事にも,どこか通じるものがあると感じていました。都道府県対抗駅伝では,年齢も立場も異なる選手たちが,それぞれの区間で自分の役割を果たし,次へとタスキを渡していきます。行政書士業務も同じで,お客さまの人生や事業という長い道のりの中で,ワタシが受け持つ区間はほんの一部に過ぎません。しかし,その区間で手を抜けば,タスキは次につながりません。
だからこそ,ワタシは自分の走る区間を誠実に,確実に走り切る行政書士でありたいと思っています。派手さはなくとも,確かな手続と丁寧な説明でタスキを次へ渡す。その積み重ねが,お客さまにとっての「良いゴール」につながると信じています。宮城県チームの走りを通して,ワタシはあらためて,自分がどのような区間を走る行政書士でありたいのか,その仕事観を再確認しました。

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