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凍える記憶と同調圧力――裸参りの思い出

仙台では,昨日は「どんと祭」が行われました。
仙台ではこの日,正月に飾ったしめ縄や門松を神社に持参し,お焚き上げをして一年の無病息災を祈ります。また,大崎八幡神社では,毎年,この日に合わせて「裸参り」が行われます。

裸参りとは,男性は白い半袴にお腹にさらしを巻いただけであとは上半身裸,女性は白装束の薄着という姿で,寒風吹きすさぶ夜道を神社まで歩き,御神火にあたりながら一年の安全と繁栄を祈る伝統行事です。厳しさの中に,どこか清々しさを感じさせる行事として知られています。こうした風習は,形を変えながら全国各地に残っているのではないでしょうか。

実はワタシも,この「裸参り」を体験しています。ただし,それは仙台のどんと祭ではなく,盛岡八幡宮で行われていた裸参りでした。
時は35年以上前の,平成2年1月。ワタシは東北電力に入社したばかりの新入社員で,盛岡営業所に配属され,お客さま対応を中心とした仕事に就いていました。右も左も分からない中で迎えた,社会人として初めての正月です。

その職場では,毎年正月に盛岡八幡宮の裸参りに参加するのが慣例でした。参加者は建前上「希望者」ですが,実態は「新入社員は原則全員参加」,しかも「一度出たら三回継続」というルール付きです。
気の進まない行事でしたが,入社間もないワタシが,「参加しません」と言えるはずもありません。同調圧力の前で選択肢はなく,しぶしぶ参加することになりました。

当日は午後に会社へ集合し,入浴して身を清めた後,激辛のカレーで体を温めます。
ふんどし姿で上半身裸,背に注連を負い,白鉢巻き,腰に「けんだいわら」,口には唐辛子入りの含み紙,足元は素足にわらじ。準備が整うと営業所長の訓示を受け,出発しました。

その日の盛岡は氷点下10度。外に出た瞬間,体が震え上がります。
会社から盛岡八幡宮までは約1キロ。仙台の裸参りは比較的早足で進むのですが,盛岡は違います。「やっこ歩き」と呼ばれる独特の歩調で,左右に大きく踏み出しながら,「チャリーン!」と鈴を鳴らして進みます。ほとんど立ち止まりながら,ほんの少しずつ前に進む感覚です。

体は一向に温まらず,寒さはやがて痛みに変わり,感覚が麻痺していきました。視界の先に見える神社の灯りだけを頼りに,「あそこまで行けば終わる」と自分に言い聞かせながら歩き続けました。最後の方は意識が朦朧とした状況でよく覚えていません。人は限界に近づくと,思考よりも体を守ることに集中するのだ」と,妙に冷静に感じたことだけを覚えています。

約1時間かけて参拝を終え,会社に戻って風呂に入ったときの安堵感は,今でも忘れられません。同時に,「もう二度とやりたくない」と強く思いました。
結局,ワタシの裸参りはこの一度きりです。体を冷やして風邪を引き,学生時代に痛めた足首の古傷も長く疼きました。明らかに体への負担が大きく,翌年からは参加を遠慮する決断をしました。多少居心地の悪さはありましたが,体を守ることを優先した判断でした。

あれから35年以上が過ぎました。
今でも裸参りを「良い経験だった」と思うことはできません。ワタシにとってあれは,伝統行事というより,同調圧力の中で自分の限界を超えさせられた苦い記憶です。

それでも最近になって,ようやく少し距離を置いて振り返れるようになりました。若さゆえに流されてしまったこと,声を上げる余裕がなかったこと,そして,自分の身を守る判断の難しさ。あの経験は,社会の中で働くとはどういうことかを,身をもって教えてくれた出来事だったのだと思います。

今,ワタシは行政書士として,多くの方の相談に向き合っています。制度や慣習,そして「昔からそうだから」という言葉の前で悩んでいる方も少なくありません。そんなとき,ワタシはこの裸参りの記憶を思い出します。人は無理をしなくてもいい。立場が弱いときほど,守られるべきものがある。そのことを,自分自身の経験として知っているからです。

凍える夜道を歩いたあの一時間は,決して無駄ではありませんでした。長い時間を経て,ようやくその意味を,今の仕事につなげて考えられるようになったのだと思います。これからもワタシは,目の前の一人ひとりに寄り添いながら,無理のない選択肢を一緒に探していきたいと考えています。

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