セパレート帰省から考える、これからの家族
年末年始のお休みも終わり,社会全体が少しずつ「本格稼働モード」に戻ってきました。
皆様の中にも,故郷に帰省された方が多いのではないでしょうか。
以前にも書きましたが,ワタシの場合,お互いの実家が比較的近いこともあり,元旦の昼と夜にそれぞれの実家を訪問し,新年を祝いました。二日からは例年どおり箱根駅伝を眺めながらのんびりと過ごし,5日が仕事始めとなりました。穏やかで,ありがたいお正月でした。
そんな折,ネットで興味深い記事を見つけました。
最近,若者を中心に,夫婦それぞれが自分の実家に帰省する,いわゆる「セパレート帰省」が静かな広がりを見せている,という内容でした。
これまでは,夫婦そろって,子どもも一緒に,どちらか一方の実家に帰省するのが一般的でした。しかし,人数が多くなれば迎える側の準備も大変ですし,特に妻の立場からすると,夫の実家では「嫁」として気を遣い,なかなかくつろげないという声もあります。親にとっても,子にとっても,負担が大きくなりがちだったのでしょう。
もっとも,夫婦それぞれが実家に帰るという形自体は,決して目新しいものではありません。ワタシの世代でも少数ながら実践している人はいました。ただ,それが「例外」ではなく,「選択肢の一つ」として自然に受け入れられる時代になってきた,ということなのだと思います。
背景には,家族のあり方そのものの変化があります。
かつてのような大家族から,夫婦と子ども一人,二人という家族形態へ。全員が一堂に会することの意味や必然性が,以前ほど強くなくなってきたのかもしれません。生活の単位が小さくなった分,無理のない距離感を大切にする。その延長線上に,セパレート帰省があるように感じます。
年配の方の中には,こうした動きを寂しく感じ,否定的に捉える方もいらっしゃるでしょう。しかし,家族が仲良くあり続けるために,それぞれが疲れすぎない工夫だと考えれば,決して悪い変化ではありません。むしろ,現代らしい知恵の一つではないでしょうか。
もっとも,気になる点がないわけではありません。
特に子どもが小さいうちは,どうしても母親側の実家に帰省するケースが多くなりがちです。そうなると,父親側の実家では「孫の顔をなかなか見られない」という思いが募ることもあるでしょう。ここには,これから社会全体で向き合っていく課題も含まれているように思います。
ワタシの住む住宅団地でも,高齢化は着実に進んでいます。
子どもは都市部へ就職し,そのまま定住。実家には高齢の親だけが暮らしている,という世帯は決して珍しくありません。家族が集まる機会が減り,帰省の形も分散していく中で,「離れて暮らす親をどう見守るか」という問題は,ますます重要になっていくでしょう。
そこで重要になってくるのが,「見守り」という考え方です。
毎日顔を合わせることはできなくても,定期的に安否や生活状況を確認し,その情報を家族に伝える仕組みがあれば,過度な心配をせずに済みます。これは,親を管理するためのものではなく,親の自立した生活を尊重しながら,家族が安心するための仕組みです。
さらに,見守りの先には,もう一歩踏み込んだ備えもあります。
親の判断能力がしっかりしている今のうちに,エンディングノートを作り,さらに将来に備えておく「任意後見」。万が一のときに,家族が慌てずに済むようにしておく「死後事務委任」の準備。
これらは,不安が大きくなってから考えるものではなく,元気なうちだからこそ意味を持つものです。
ワタシは行政書士として,こうした見守り契約やエンディングノートの作成,任意後見,死後事務委任のご相談に携わっていますが,共通して感じるのは,「制度の話をしたい」のではなく,「家族のこれからを安心して過ごしたい」という思いです。これらの制度は,その思いを形にするための手段にすぎません。
セパレート帰省は,家族の絆が弱くなった証ではありません。
むしろ,家族がそれぞれの生活を大切にしながら,無理なく関わろうとする姿勢の表れだと,ワタシは感じています。
だからこそ,離れて暮らす時代には,離れていても支え合える仕組みが必要です。
その仕組みを一つひとつ整理し,形にしていくこと。
それが,地域に根ざした行政書士として,ワタシが果たしたい役割だと考えています。

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