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杜の都を駆け抜けたランナー達

昨日,仙台では初夏の風物詩とも言える「仙台国際ハーフマラソン」が開催されました。この大会は,1991年に厳格な参加資格を設けたエリート競技者向けのハーフマラソンとして始まりました。その後,市民ランナーにも門戸を広げ,今では日本を代表する大規模な国際ロードレースへと成長しています。途中,東日本大震災やコロナ禍の影響で中止を余儀なくされた年もありましたが,今回は第36回大会。現在では,エリート選手と一般選手を合わせて1万人以上が参加する,杜の都を代表するスポーツイベントとして定着しています。

第1回から2004年の第14回大会までは,シーズン終盤の3月開催でした。しかし,その後は街に新緑があふれる5月開催となり,仙台で最も美しい季節を彩るイベントへと変わっていきました。青葉通や定禅寺通のけやき並木をランナーたちが駆け抜ける光景は,今や仙台の初夏を象徴する風景の一つと言ってよいでしょう。

ワタシは高校まで陸上競技部に所属し,長距離種目を走っていました。ですので,今でも駅伝やロードレースには自然と目が向きます。かつての仙台国際ハーフマラソンは,箱根駅伝で活躍した学生ランナーや実業団選手が数多く出場する,「長距離界の登竜門」のような大会でした。現在でも海外から有力選手が参加するレベルの高い大会であり,毎年楽しみにしています。

以前の大会は,参加標準記録が設定されており,「出場すること自体がすごい」という大会でした。市民ランナーでも相当な実力が求められ,簡単には参加できなかったのです。

そんな中,ワタシの義兄が出場したことがあります。
当時は義両親や妻と一緒に沿道で応援したのですが,走り終えた後に皆で「ビリにならなくて良かったね」と笑い合ったことをよく覚えています。もちろん,本人は大変だったでしょうが,そもそもがエリートレース。そこに出場したというだけで,本当にスゴいことだったと思います。

また,2012年の第22回大会からは参加枠が広がり,一般市民ランナーも広く参加できるようになりました。ワタシの以前の職場でも毎年参加する方がいましたし,友人の奥様が東京から参加されたこともあります。以前よりもずっと身近な大会に感じるようになりました。

もっとも,ワタシ自身については,「元長距離選手だったのだから出場しないのですか」と聞かれることがあります。

しかし,ワタシは,長距離は,高校時代までで十分走り切ったという気持ちです。
今さらハーフマラソンに挑戦しようという気持ちは,正直なところあまりありません。

もし本気で参加するのであれば,まず体重をしっかり落とし,地道に走り込みを重ね,辛抱強く身体を作り直さなければならないでしょう。ですが,それはなかなか簡単なことではありません。何より,今は走る側よりも,沿道やテレビの前で応援する側のほうが性に合っている気がします。

もっとも,行政書士の仕事も長距離走に少し似ています。
最初から全力疾走をしても長続きはしませんし,派手なスパートだけではゴールにはたどり着けません。毎日少しずつ積み重ね,地道に前へ進み続けることが大切です。

ワタシ自身,もうハーフマラソンを走ることはないかもしれません。ですが,仕事については,これからも「完走」を目指して,焦らず,一歩ずつ走り続けていきたいと思っています。

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