「静かな退職」と「妖精さん」(後編)
(前編から続く)
一方,「妖精さん」という表現も近年よく聞くようになりました。これは主に中高年の社員を指し,出社しているはずなのに姿が見えない,どこで何をしているのかわからないという存在感の薄さから,そう呼ばれているのだそうです。ワタシが若い頃から,働かない中高年のオジさん達は存在しました。このヒト達は,「窓際族」と言われ,それなりに高い給料をもらいつつ,あまり仕事はせず,新聞や雑誌を読んで一日を過ごしていました。けれど,今は企業の体力が落ち,生産性の低い社員に高い給料を払い続ける余裕がなくなりつつあり,「リストラ」の嵐の中,どんどん淘汰されています。
役職定年制度や定年後再雇用制度の導入が進み,年齢とともに居場所を失う中高年も増えています。ワタシ自身,60歳で会社を去る決断をしましたが,それまでの数年間は若手社員から突き上げられることも増え,立場の変化に戸惑うこともあり,徐々に会社には「自分の居場所がない」と思うようになりました。だから,行政書士試験に合格し,セカンドキャリアの道が開けたときには,「ようやく社会に自分の居場所を作れる」と本当にうれしかったのを覚えています。
企業では一度役職に就くと,日常の細かな作業やシステム操作は部下に任せがちになります。そのため,役職を離れた途端に「自分では何もできない人」になってしまうことも珍しくありません。60歳まで課長や部長として活躍していた人に,ある日突然「今日からは一般職として働いてください。部下もつけません。細かい仕事は自分でやってください」と言われても,すぐに適応するのは難しいものです。
本来,そうした人たちは優秀だからこそ,管理職にまで登りつめたはずです。細かなオペレーションに知見がなかったり,苦手であっても,それを理由に「妖精さん」として見えなくなってしまうのは,企業としても,もったいないことです。企業側が,再教育の機会やキャリアの再設計をしっかりと支援し,たとえば部下は持たなくても一定のタスクを一人で完結させる,いわば「一人親方」のような働き方を提供すれば,中高年でも輝きを取り戻し,企業に貢献できる道が開けるのではないでしょうか。
「静かな退職」や「妖精さん」と呼ばれる現象に共通するのは,必ずしも本人だけに責任があるのではなく,企業側の人材マネジメントにも問題があるという点です。適材適所の配置,継続的なスキルアップの支援,キャリアパスの設計など,企業がもっと木目細かに対応することで,こういった問題はなくすことができるのではないかと感じます。
ワタシが働き始めた頃は,仕事に人生を賭けることが当然とされていました。しかし,今は多様な価値観を認め合いながら,より良い働き方を模索する時代です。仕事を通じて何を得たいのか,どのように生きたいのかは人それぞれ違っていていいと思います。企業にも,そうした個人の価値観を尊重しながら,人材を活かす柔軟さが求められています。
時代の変化を前向きに受け止めつつ,企業も個人もともに成長し,誰もが自分らしく働ける社会を築いていくことが,これからの大きな課題であり,希望でもあるとワタシは考えています。
